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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)5171号 判決 1968年3月19日

原告

中里武治

被告

有山佳男

ほか一名

主文

1  被告らは、原告に対し各自金六九万四三六九円およびうち金六七万九三六九円に対する昭和四二年六月四日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決はかりに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告訴訟代理人は、「1、被告らは各自原告に対し金一二六万六五六九円およびこれに対する昭和四二年六月四日から右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。2、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら訴訟代理人は「1、原告の請求を棄却する。2、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、(事故の発生と原告の負傷)

昭和四一年三月一〇日午後五時ころ、東京都文京区千駄木三丁目三四番七号先道路において被告佳男は被告芳郎所有の普通乗用車埼五は五〇一〇号(以下被告車という)を、原告に衝突させ、原告に頭部打撲、骨盤および左右第四横突起骨折、左大腿および足関節挫傷の傷害を与えた。

二、(被告らの責任)

一、(被告佳男の責任)

被告佳男は被告車を運転して上野方面から道灌山方面に向けて進行し本件事故地点に達したものであるが、同所には横断歩道があり、当時被告車の前車がその横断歩道の手前で横断歩道により横断歩行中の原告を横断させるべく停車していたのであるから、その陰からの横断歩行者を予見し、それとの衝突を避けるため被告車を停車させるべきであるのにこれを怠り、停車中の前車を追越し進行して被告車を原告に衝突させるに至つたものであつて、本件事故は被告佳男の過失によつて惹起されたものである。

二、(被告芳郎の責任)

被告芳郎は被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものである。

三、(損害)

(一)  治療費

(1) 脳波検査料(昭和四一年五月一六日) 五八〇〇円

(2) 治療、器具購入費 三二〇〇円

(3) 駒込病院にての治療費等(昭和四二年三月一七日) 二九一九円

(4) 薬代 一万七〇〇〇円

(5) 医師の指示による温泉治療費

(イ) 昭和四一年六月二三日 一万八八五〇円

(ロ) 同四二年一月九日 七三三八円

(ハ) 同四二年三月二九日 一万三九二〇円

(ニ) 同年四月四日 一三九二円

(ホ) 同年五月一四日 六七〇〇円

(ヘ) 同年六月二一日 五七一〇円

(ト) 同年一〇月二〇日 五七一〇円

(チ) 同年一一月二九日 二六八〇円

(リ) 同年一二月二四日 六九六〇円

以上合計 六万九二六〇円

(6) 骨折医、あんま代(一回四五〇円で三回) 一三五〇円

(7) 原告入院のうち一ケ月間留守番兼家事手伝のため姪を依頼し、その謝礼 三万円

(8) 付添料、(入院八五日の間、原告の妻が付添つたがその労働の評価額一日一〇〇〇円とする) 八万五〇〇〇円

(二)  得べかりし利益の喪失

原告は事故当時五四才で経験四〇年以上の敏腕の大工として建築の請負をもなし、本件事故前は少くとも一ケ月一〇万円以上の収入をあげてきたものであるが、本件事故による受傷のため入院中の八五日間は勿論、さらに退院後もすぐに働けず通算し六ケ月間はまつたく働くことができず、その間に事故にあわなければえられたであろう利益は六〇万円を下らない。

(三)  慰謝料

原告の家庭は夫婦二人で、他に養成中の大工見習が一人同居している。本件事故当時は繁忙期であるのに長期にわたつて働らけず一家の柱としてその精神的打撃は大きい。しかも今日もなお腰部脚部の痛みは失せず、手先の感覚もとぼしく目まいがするので、大工として必要な肉体労働は勿論、高所に上つての作業も危険でできず、大工としての前途は暗い。その他本件事故の状況、原告が全く無過失であることにてらし、その慰謝料は五〇万円を下らない。

(四)  弁護士費用 二〇万円

(原告は弁護士訴外高野長幸に本件訴訟を委任し、昭和四二年五月二〇日着手金五万円を支払い報酬として一五万円を支払うことを約した。)

四、(一部弁済)

被告らは原告に対し見舞金として二〇万円を支払つた。

五、よつて原告は被告らに対し各自第三項の合計金一五一万四一二九円から第四項の二〇万円を控除した一三一万四一二九円のうち金一二六万六五六九円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四二年六月四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの答弁

一、請求原因第一項の事実中、原告の傷害の程度は否認するがその余の事実は認める。

二、(一)同第二項(一)のうち被告車と原告が衝突したことは認めるがその余の事実は否認する。

(二)同第二項(二)の事実は認める。

三、(一)同第三項の事実は否認する。後遺症、治療期間、治療費所得金額を特に争う。温泉療養自体は、その他の治療を併せ行なわなければ、自宅で風呂に入るのと相違せず、従つてこれは事故と相当因果関係にある損害ではない。原告は請負をするというが建設業法による業者登録をしていずいわゆる造作大工にすぎない。統計によれば昭和四一年一〇月の造作大工の日給は最頻値が一八〇〇円で月実働日数は二三日であり、従つて原告の月収は月額四万円前後とみるのが妥当である。原告は見習大工一人を雇用してこれを仕事に従事させていたから原告の収入の計算に当つては見習大工の労働寄与分を控除しなければならない。

四、被告らは原告に対し慰藉料として金二〇万円でなく金二〇万二〇〇〇円を支払つている。

第四、被告らの抗弁

一、原告が進行中の車輛を確かめることなく、車のかげからとびだしそのため本件事故が発生したものである。原告の右過失は損害賠償の額を定めるについて斟酌されるべきである。

二、被告らは原告に対し、治療費金三〇万六五一〇円を支払つたほか慰藉料として金二〇万二〇〇〇円を支払つている。

第五、右に対する原告の答弁

一、被告主張の抗弁事実は否認する。原告は横断歩道に入るに際し、手をあげて合図し、進行車輛の停止するのを確かめている。

二、被告らが、原告の入院中の治療費を支払つたことは認める。

なお、原告が直接受取つたのは見舞金二〇万円だけである。

第五、証拠〔略〕

理由

一、請求原因第一項の事実(事故の発生と原告の負傷)は、原告の傷害の程度の他は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、事故当日原告は原告主張のとおりの傷害があるとの診断を受け爾後その治療を受けたことが認められる。もつとも〔証拠略〕によると、退院時(昭和四一年六月二日)の診断によると、左第三第四横突起骨折は同骨折疑となつているところからして骨折は明確なものではなかつたものと推定される。

二、(被告らの責任)

(一)  (被告佳男の責任)〔証拠略〕によると、本件事故地点は横断歩道上であること、原告は横断するに際し、右方道灌山方面を見たところ進行して来る車がないので右手をあげて横断し、中央部の都電軌道のあるところまでゆくと左方上野方面からのタクシーが二台停車してくれたので、その前を横断したところ、その横二三歩歩いたところで被告車に衝突されたこと、他方被告佳男は被告車を運転して上野方面から道灌山方面に向け時速約四〇粁の速度で進行し、本件事故地点に達したこと、被告佳男は横断歩道があることに全く気づかず都電軌道上で進行方向二、三〇米先に二台の乗用車が縦に並んでいるのに気づいたが、これは右折のため停止しているものと思い、その左側をそのまま進行したところ前の車の直前から横断歩道上を出てきた原告を四米手前ではじめて発見しブレーキをかけたが間にあわず被告車の右前部バンバー、右ライト附近を原告に衝突させて約六、七米はなれたところに転倒させるに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告佳男には前方不注意により横断歩道の存在に気づかず、また道路に停車中の自動車の脇を通過するときは、その自動車が横断者を通すために停車しているのであり、その自動車の陰から歩行者が現われるかも知れないことを考え、減速徐行すべきであるのにこれを怠つたものというべく、かかる点に被告佳男の過失があり、これが本件事故の一因となつていることは明らかである。もつとも原告も横断歩道とはいえ停止してくれた自動車の横から原告に気づかずに出てくる車があることを考え、そちらに対する十分な注意をすべきであり、原告にこれを怠つた過失があるが、しかし同被告の過失を否定するものではない。よつて同被告は加害者として民法七〇九条により原告が本件事故により受けた第三項掲記の損害を賠償しなければならない。

(二)  (被告芳郎の責任)

被告芳郎が被告車を所有しこれを自己のために運行の用に供していたものであることは当事者間に争いがなく、右事実によれば、同被告は自動車損害賠償保障法第三条によつて、原告が本件事故により受けた第三項掲記の損害を賠償しなければならない。

三、(損害)

(一)  治療費

〔証拠略〕によると、原告は本件事故に関連し次の支出をしたことが認められる。

(1)  脳波検査料(昭和四一年五月一六日) 五八〇〇円(甲第五号証)

(2)  治療器具(カミノモトビメークル)購入費(昭和四二年三月三〇日) 三二〇〇円(甲第三号証)

(3)  駒込病院での検査費(同年三月一七日) (甲第四号証)

(4)  薬代(昭和四一年六月一〇日から同四二年三月一〇日まで) 一万七〇〇〇円(甲第六ないし第一九号証)

(5)  温泉宿泊代

昭和四一年六月二三日、一三泊分(マツサージ代含) 一万八八五〇円(甲第二〇号証)

同四二年一月九日、七泊分 七三三八円(甲第二二号証)

同年三月二九日、一〇泊分 一万三九二〇円(甲第二三号証)

同年四月四日、一泊分 一三九二円(甲第二四号証)

同年五月一四日、五泊分 六七〇〇円(甲第二一号証)

同年六月二一日、五泊分 五七一〇円(甲第四六号証)

同年一〇月二〇日、五泊分 五七一〇円(甲第四四号証)

同年一一月二九日、二泊分 二六八〇円(甲第四五号証)

同年一二月二四日、五泊分 六九六〇円(甲第四七号証)

以上合計 六万九二六〇円

ところで〔証拠略〕によると、原告は本件事故により、昭和四一年三月一〇日から同年六月二日まで八五日間入院し、一ケ月位の休業加療を要するとの診断を受けて退院したこと、昭和四一年八月ころ一度大工として働くため現場に行つたが、何故か長く立つていられず腰に力が入らず腕はしびれ、めまいがし、疲れがひどく動けなくなつたこと、また同年一〇月ころ歩いていて急に足がつつぱつて歩けなくなつたこと、同年一一月ころからようやく大工仕事をふたたびはじめるようになつたこと、昭和四二年一二月ころになつても高所にいてめまいがし、急いで下りるようなことがあつたこと、その際手の力がぬけるように感じたことが認められ〔証拠略〕によると、原告は昭和四二年一〇月一一日同月一二日、同月二八日に腰痛症、第一、二腰推圧迫骨折にて加療を受けたことが認められる。右事実にてらすと前記(1)ないし(4)および(5)のうち退院直後の昭和四一年六月二三日の温泉治療費は本件事故による損害と認められ、その合計額は四万七三六九円となる。

なお(5)のうち昭和四二年度における温泉宿泊費については、これは治療の一環として医師の指導のもとに行われるいわゆる温泉療養と異り、いわゆる湯治といわれるものにあたり、前に認定した病状、療養の経過しかも退院時から相当期間を経過した後のものであることを考えるとこれを事故と相当因果関係に立つものと認めることはできない。従つてこれは治療費の損害として認めることはできない。

(6)の骨折医あんま代についてはその主張にそう原告本人尋問の結果(一回)があるが右尋問の結果のみでもつてこれを認めることはできず他に領収書などこれを認めるに足りる証拠はない。

(7)、(8)について。証人中里まさるの証言によると原告の妻の中里まさ子が原告が入院した八五日間付添つたこと、そのうち一ケ月間は泊りこんだので姪二人を家の留守番と家事に頼みその謝礼として三万円を支払つたこと、当時付添人を頼むと最低一日一五〇〇円はかかることが認められる。妻の付添は現実の金銭の支出はないのであるがしかし代りに留守番を頼み支出をすればこれが現実の支出となるし、支出がなくてもそもそも加害者は事故の結果、付添費の支出をするのが相当であるからこれを損害とみるのが相当である。そして付添人を頼めば勿論留守番を依頼する必要はないから従つて留守番として支払つた金額と妻の付添費とが現実に付添を依頼したとした場合の費用をこえたとしても、これは付添人を頼んだ場合の費用の範囲が相当因果関係にある損害である。ところで妻の付添費は一日一〇〇〇円を相当とするから、結局一五〇〇円の三〇日分と一〇〇〇円の五五日分合計一〇万円を付添費の損害として認められる。(7)、(8)のうちその余の請求は失当である。

そうすると、治療費の損害は合計一四万七三六九円となる。

(二)  得べかりし利益の喪失

原告本人尋問の結果(一回)によると、原告は大正元年八月二五日生で事故当時五三才であり大工として四三年の経験を有し少くとも月に約九万円の収入があつたこと、しかしその収入には原告が雇つていた見習大工の工賃を含むところ、見習に対しては毎月三万円をかけていたこと、従つて原告の純収入は月額六万円と認められる。もつとも〔証拠略〕によると、造作大工の収入が被告主張のようになつていることが認められるが、しかしこれは平均であり、原告の年功と年令と見習を一人使用していること等を考えると、右認定を妨げるものではない。また〔証拠略〕も右認定を妨げない。

すなわち〔証拠略〕によると、昭和四〇年三月から、昭和四一年二月の間における原告の工事請負高は二二一万円で利益率二割五分として荒利益約五四万円であり、同期間における手間仕事は約一〇四万円であつて以上合計すると約一五八万円になることが認められ、これらの数値は直ちに純益を出しうるほどの正確なものではないが、右認定を裏づけるものと考えられるからである。(乙第八号証も原告が請負契約をすることを否定させるものではない)

ところで本項(一)で認定したように原告は昭和四一年三月一〇日に受傷後、同年一一月からようやく大工仕事にもどれたというのであるから、本件事故により、原告はその主張のように六ケ月間休業のやむなしに至つたというべく月に六万円として六ケ月間で、三六万円となる。

右認定をこえる原告の請求は理由がない。

(三)  慰謝料

第二項で認定した事故の態様や本項(一)で認定した療養の経過や現在もなおめまいがしたり、手の力が抜ける感じのすることもあり不安を感じているおりそしてときどき温泉に行つて保養していることなどを考えると、原告は本件事故により多大の精神的打撃を受けたものというべく当事者間に争いがない入院中の治療費はすべて被告らで負担していること、原告に前記第二項(一)の過失があつたことも勘案するとその慰謝料として三六万円の支払を受けるのが相当である。

(四)  過失相殺

第二項(一)で認定したように、原告にも過失があるのでこれを考えるに(一)治療費については事故の態様(横断歩道上の事故)にてらし過失相殺はしないこととし、(二)得べかりし利益の喪失については一割減額して三二万四〇〇〇円とする。慰謝料はその算定に当つてすでに原告の過失を勘案しているので、ここでふたたび過失相殺しない。

(五)  (一部弁済)

ところで〔証拠略〕によると、被告らは原告に対し慰謝料として二〇万二〇〇〇円をすでに支払つていることが認められるのでこれを控除すると、慰謝料の残額は一五万八〇〇〇円となる。

(六)  (弁護士費用)

〔証拠略〕によると、原告は弁護士高野長幸に本件訴訟を委任し、昭和四二年五月二〇日着手金五万円を支払い報酬として一五万円を支払う旨約したことが認められる。

ところで原告の請求中その認容額は以上に考察したように(一)治療費は一四万七三六九円

(二)得べかりし利益の喪失の損害は三二万四〇〇〇円、(三)慰謝料は一五万八〇〇〇円で以上を合計すると六二万九三六九円となる。右認容額その他事件の難易等を考慮すると、被告らにおいて負担すべき弁護士費用は六万五〇〇〇円を相当とする。これは既に支払つた五万円と、これから支払う一万五〇〇〇円(これについては遅延損害金を付さない)とに分けられる。

(四)そうすると原告の本訴請求は被告らに対して各自(一)治療費一四万七三六九円、(二)得べかりし利益の喪失の損害三二万四〇〇〇円、(三)慰謝料一五万八〇〇〇円、(四)弁護士費用六万五〇〇〇円以上合計金六九万四三六九円およびうち金六七万九三六九円(右金額からこれから払う弁護士報酬分一万五〇〇〇円を控除したもの)に対する損害発生の後である昭和四二年六月四日から右支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを右限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅田潤一)

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